部下が「組織として期待している仕事をしない」「自分のやりたいように仕事をする」といった管理職者の悩みに対して、行動科学や心理学の観点から取るべき対応を具体的に解説します。今回は、円滑な業務の連携を難しくしてしまうような認識の“クセ”を持つ部下について考えてみましょう。
管理職者のCさんのケース
最近部下のDさんとのコミュニケーションに難しさを感じている。
彼は専門的な知識が豊富で、今の部署でもその強みを発揮し活躍してくれている。ただ、ここ1年間彼を見てきて気になることがある。どうも、コミュニケーションにズレがあるというか、話がかみ合わないことが多いのだ。
たとえば、先日こんなことがあった。
「○○(Dさんの専門性が高いテーマ)についての資料を作ったので、確認してほしい」という依頼をメールで出した。真意は、専門的な視点でレビューしおかしな言い回しや数値があれば修正して完成度を高めてほしいというものだったのだが、それは本人からの質問があった際に口頭で補足しようと考えていた。
だが、Dさんは「承知しました」と回答したのち、質問してくることはなく、不明点がないかを聞いても問題ないとのことで補足で説明する機会は得られなかった。
さすがに少し心配になり、資料を確認すると、ほとんど私が作成した状態のままで、期待していた改善は見られなかった。この時、資料を使う日は明日に迫っており、かなり焦った。
このときの彼の言い分はこうだ。
「Cさんからのご指示通り、お送りいただいた資料には目を通して確認しましたよ。でも、修正のご指示はなかったので、不要かと思っていました。」
確かに、私はメールでは、確認してほしいとだけ伝えていて、その資料をどのように使うか、どのような対応をしてほしいかを明確に伝えられていなかった。それでも他の部下に依頼した場合は打ち合わせや進捗報告の中であいまいさを解消できる場合も多く、ある程度こちらの意図を部下側で察してほしいという気持ちもあった。
この一件で、Dさんとのコミュニケーションへの苦手意識が強まっている気がする…。
期待している仕事を部下がしない。その原因は認識のクセ
この事例には、Dさんの認識のクセが関係しています。
皆さんも大なり小なり、認識のクセはお持ちだと思います。いつも移動にかかる時間を多めに見積もってしまい早めに目的地に着いてしまったり、人が話しているとその人の背景をつい想像してしまったり。
その認識のクセは、その人の強みやキャラクターになり、仕事などでも問題につながらない場合も多くあります。しかし、認識のクセが強い場合は、円滑な業務遂行に支障をきたすことがあります。
例えば今回の事例のDさん。
Dさんには、言葉を表面的にとらえてしまい、自分の考えを疑うという発想を持たない、といった、いわば認識のクセがあるのです。

認識のクセの強さはなぜ?行動科学的に解説
認識のクセや強すぎるこだわりはなぜ生じるのでしょうか。
その有力な答えの一つに、「その人のものの考え方、行動の仕方の特性がそうさせている」というものがあります。
特性とは、人の中にある安定した特徴のことを指します。社交的、楽観的などのように、特性の中でものの考え方や行動に関わるものは、「性格」と言い換えることもできます。
特性や性格は、人から変えるように言われても簡単には変わりません。特に、大人になると加齢とともにさらに特性は安定してくるため、たとえ、その特性のために困ることがあっても簡単に変えることは難しいでしょう。
人の特性は本来、良い悪いなどの明確な線引きができるものではなく、誰もが程度の差こそあれもっているものです。つまり基本的には、その人らしさの延長線上にあるものだと言えるでしょう。
もう一つ大切なことですが、こうした認識のクセがあることに本人が全く気付いていないかというと、多くの場合そのようなことはありません。そして、それによって仕事で注意を受ける、迷惑をかけるなどの問題が起きているのであれば、状況を改善したいという願いや対人関係への苦手意識をもっている場合が多いでしょう。
上司はこうしたらよい。対応法と具体的な行動例を紹介
上記のように、認識のクセの問題は、短期間で変えることは難しいものです。
ただし、周囲のチームメンバー、そして何より本人が働きやすくなるように上司が工夫することは可能です。
ここでは、そういった方法をご紹介します。

①業務の指示や説明はできる限り具体的に
たとえば上司から突然「明日の○○の会議で使う資料を用意しました。ご確認をお願いします。」というメールを受け取ったら、どんなことを考えますか?
「確認って何をすればよいのだろう。」「いつまでに戻したらいいんだろう。」といった様々な疑問がわいてきて、混乱してしまう人が多いのではないでしょうか。
ここで混乱する理由は、自分がすべきことに関するあいまいさです。このあいまいさに対して、上司に質問ができれば良いのですが、認識のクセがある人は、自分の考えでそれを補い(自分都合で解釈し)、突き進んでしまうところがあります。
認識のクセは、目の前の状況があいまいであるほど生じやすいのです。
そのため、業務依頼をするときは、やってもらいたいことや締め切りなどをできるだけ明確に示すことが大切です。
「3ページ目の図に正しい値を入れて修正してください」「明日の14時までに」など、より具体的な行動や時刻などを明示するとよいでしょう。
また、あいまいな状況は、突発的な業務依頼や予定変更でも生じやすくなります。予定にない状況では、何をすべきかがあいまいになってしまうのです。そのため、認識のクセがある人は、誰かに相談するといった行動をせず、自分の考えのままに不適切な行動してしまうかもしれません。そのため、突発的な依頼などはできるだけ避けることも大切だと言えるでしょう。
②リフレーミングを使いながら自己肯定感を高める
ところで、認識のクセがあること自体は、必ずしも悪いことではありません。一つのことに深く粘り強く向き合えることや自分なりの視点を大切にできることから、類まれな専門性を発揮したり、斬新な視点からコメントができる場合が多くあります。ある面では弱みだと思われていたことが、他面からみると魅力的な側面としてもとらえることができるのです。
このように、人の特徴や物事評価を別の角度からとらえなおして伝えるコミュニケーションテクニックを「リフレーミング」と言います。
有名なリフレーミングの例として、水が半分ほど入ったコップに対して、「水が半分しか入っていない」という評価をリフレーミングすると、「水がまだ半分も残っている」とプラス面に注目した評価に変わる、というものがあります。
認識のクセがある部下の問題点を指摘するようなときは、そのクセやそれに起因して生じる問題をただ否定的に伝えるのではなく、強みにフォーカスを当てる形にリフレーミングをして伝えることを意識してみましょう。
例えば、事例のDさんにもっと依頼内容の確認をしてほしいのであれば、
「何で事前に確認しないんだ。君はいつもそうだよね。」
などと批判的、否定的に伝えるのではなく、
「Dさんの得意分野だしお任せして問題ないと私は思っていますが、定期的にミーティングで状況を共有してもらえるとお互いにもっと仕事がしやすいと思うので、そのようにお願いできますか?」などと、肯定的に伝えるのがおすすめです。
前述したように、彼らは多くの場合自分の認識のクセに気づいており、指摘や注意を受けることも多いためにネガティブにとらえがちです。
そんな彼らに自らの特徴や行動を少しでもプラスにとらえ、前向きに仕事に取り組んでもらうために、リフレーミングは効果を発揮することでしょう。
まとめ

今回は物事の認識のクセがある部下について、解説とその対応法についてお話しました。
こうした認識のクセ自体は、部下の方の特性のひとつ、つまりその人らしさの一部でもあるので、変えることは難しいと言えます。
ですが、管理職者の言葉がけのひと工夫で、認識の齟齬といった問題を回避し、同時に本人の自己肯定感も維持することができるのです。
そのポイントは以下の2点でした。ぜひ部下の方の強みや弱みと向き合いながら、少しずつ実践してみてください。
- 業務の指示や説明はできる限り具体的に
- リフレーミングを使いながら自己肯定感を高める